偲び草(放棄)
力尽きたというか飽きた……
あの日は梅雨の合間の晴れの日だった。
父の運転する車は何時間も高速道路を通ってから、山道を登っていった。コンクリートとガードレールで舗装されて険しい山道というほどではない 。家はぽつんぽつんとしかなくて、お店があってもコンビニではなく個人商店ばかりだった。車の窓から見える川や畑や連なる山も、自分の家の近くにはない景色だ。
ちょっとしたドライブであればその頃の私でも喜んだのだけど、何時間も車に揺られてもううんざりだった。ラジオで流れてくる曲は大人向けの歌ばかり。つまんないってごねても、運転している父は生返事をするだけ。助手席の母はごめんねと言って下をずっと向いていた。
行く先は出かける前に母から言われて知っていた。
おばあちゃんち。
父の実家だ。祖母は祖父と死に別れてから、長男である叔父一家と暮らしていたらしい。
一軒家で、都心部では無理だと思われるぐらいの大きさ。庭には物干し台や自転車や車があったけれど、それでもまだまだスペースに余裕があって、父はそこに車を止めた。母がドアを開けてくれて自分の荷物を持って外に出る。やっと出られた外の空気はじめじめとしていてあまり気持ちいいものじゃなかった。
車のドアの音で気がついたのか、それとも窓から見ていたからか、叔父さんが玄関から出てくる。父が当時四十歳で、三つ上ということだから叔父さんは四十三歳。父にそっくりで穏やかそうな人だった。
「いらっしゃい。来てくれて母さんも喜ぶよ」
雨でぬかるんだ庭の土に足を取られないように突っ掛けたサンダルで慎重に歩いてくる。
「急だったんだって?」
「ここんとこ調子よくて自宅療養だったんだけどな。おとといの夜に辛そうにしてて救急車を呼んだんだけどそのままな。近くに住んでる親戚でもほとんど間に合わなかったよ」
荷物を持たされて、母の後ろについていく。
「由美さんもすみれちゃんも来てくれてありがとう。すみれちゃんはいくつになった?」
「10歳」
「何年生?」
「3年生よね。お義兄さんのとこの2個下」
そのまま母と叔父さんが誰々の子どもがどうだだの、親戚の話をしながら玄関を入っていく。広めの玄関にはたくさんの靴が向きを揃えて並べられていた。靴を脱いで同じ向きにする。靴を避けて上がった時に父に「すみれ」と呼ばれた。
母はもうリビングの方に行って親戚と挨拶拶をしている声がしている。
「荷物はお父さんが置いてくるから、すみれはあっちで遊んでなさい」
そう言って父はリビングとは反対の方を指差した。